この動画どこで開催されたもの?こんなのあったかな?なんかふと、そんな違和感を感じるようになりました。
実は、そんな違和感。つまりAIによるものが、日常に入り込んできてるかもしれません。
感じた違和感
とある異種格闘技戦の動画を見た時でした、異なる格闘技の猛者が、競技として戦っているというシチュエーションです。
相手の方は、海外で大柄猛獣タイプ、見た感じ歴戦の勇者の風貌、みたいな感じです。
内容は、これまでほぼ、日本人の女性の格闘家です。何も小柄で、歳を召された気品ある感じの方か、可憐な感じの歳は若い感じの方。
試合がはじまると、序盤は相手がやや圧倒してくるが、途中から日本人武芸者のテクニカルな技がきまり、相手はたまらずダウンという流れです。
こんな異種格闘技あったっけ?というのが違和感でした。会場もそれなりに揃っているのですが、なんとも、活気を感じないんですよね。
ただ、見た感じ、切り抜き動画だとした場合、素直に、面白いと思いました。
問題は簡単に作れてしまう
特に短い動画であれば、AIツールで、簡単、短時間で生成してしまいます。テレビでその様子を見たことがあります。
作り方も驚きで、ちょっとした条件を教えあげるだけで、足りない要素はAIが考えてくれるというものです。
一般の生成AIでの制作は難しく、専用ツールでの制作にはなるかと思いますが、通常の撮影にかかる億円単位の費用と比べ、数十万円〜数百万円とはるかに安く済みます。
また、国際映画祭での特別賞・AI部門: カンヌをはじめとする各国の映画祭や短編映画祭で、AIを主に使用して制作された映像を対象とするコンテストや部門が立ち上がっています。
昨今の状況を受け入れ、こういった部門を設けてすみ分けしないとダメなんでしょうか。理屈じゃないんですが、俳優含めた、らしさは、失われて欲しくないです。
AIが凄いわけではない
基本的に、AIが全てを新たに生み出しているわけではなく、現在のAIは、先人たち(人類)が残した膨大な知識やデータを利用し、
気の遠まるような組み合わせや確率の計算によって形にしている。というのが本質なのではないかと、思うのです。
生成AIが、人類の歴史や文化、科学の蓄積とは全に切り離された無からの独創的な意思や体験を持っている。ということでは、ないはずです。
人として節度ある活用を
そのうち、人気作品などの続編や、もしこんな内容だったらなど、勝手に作り変えたものがでてくるかもしれません。個人で楽しむなら良いのですが、おそらくは、そうはならないでしょう。
生成AIの進化は、人の生活を豊かにする力を持っていながら、人を苦しめることばかりが目立ちます。残念極まれり、ですね。

